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音への好奇心

森永泰弘が「音」に目覚めたのは高校生の時だった。小さい頃からダンスを習ってきたが、「人間って何に反応して動くんだろう」とふと興味を抱いたのがきっかけだったという。そこから、作曲家ジョン=ケージの著作や、勅使河原三郎の舞踏に触れ、音の面白さに惹かれはじめた。

それは、楽器を使ってメロディーを奏でたいというより、もっとシンプルな音への好奇心だった。「自然の音や人々が生活する音、行ったこともない秘境の地域に住む動物の鳴き声。そういうのも全部含めた音というものを考えていきたい。それが僕の音への興味のルーツです」と森永は言う。

ミュージック・コンクレートとミシェル・シオン

高校卒業後にオーストラリアの大学に進学。そこでサウンドデザインを勉強した後、「映画」と「身体」を軸に音を掘り下げたいと思い、東京藝術大学大学院の映画研究科に進んだ。

「音を作ることを繰り返しているうちに、映画の中の音っていったい何だろうと思い始めました。サウンドデザインという言葉も、映画業界で1980年くらいから使われ始めた言葉なので興味があったんです。そこで、先人達の業績を調べていくと、フランスのミュージック・コンクレートという分野と深いつながりがあるということが分かってきました」

ミュージック・コンクレートとは、「乱暴な言い方をすれば、生活音とか自然の音とか、あるいは録音されたCDとかテープの音とかを全部混ぜちゃって、音楽作品をつくること」だと森永は説明する。その分野でとりわけ森永に影響を与えたのが、『映画にとって音とはなにか』等の著作があるフランスの作曲家、ミシェル・シオンだった。

「大学でイベントの企画を担当させてもらうことになり、ミシェル・シオンにオファーをしたら来てくれました。彼の話を聞きたいと思ったのは、僕の興味を超えた内容を分かりやすく書いていたからです。こういう世界があるんだ、こういう映画の見方があるんだと視野が広がりました」
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アジア映画との関わり

ミシェル・シオンに師事するため渡仏したあと、森永に影響を与えたのが「アジアの作り手たち」だ。

森永は藝大時代に、釜山映画祭主催のワークショップに参加した。内容は、3週間かけてひたすら映画を作るというもの。西はレバノンから、東はインドネシアまで、さまざまな国から参加者が集まってきたという。

誰もがそれほど英語が達者ではなく、お互いにフィーリングでコミュニケートすることしかできなかった。しかし、言語に頼らず感性をぶつけ合ったことで仲間意識が生まれ、当時一緒に映画を作った人たちとは今でも交流が続いているそうだ。

そうした出会いが糧となり、やがてアジアの映画に関わる仕事が少しずつ増えてきた。インドネシアやマレーシアに行く機会が多くなり、「アジアの路上に立つと、多種多様な音が混ざり合い流れ込んでくる。僕が思い描いていたミュージック・コンクレートの世界観が、アジアの路上で意図せず完成していることにすごく感動しました」と森永は興奮気味に話す。
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音を求めてアジアの奥地へ

森永が映画音楽と同時に続けてきたのが、フィールドレコーディングだ。路上から秘境まで、あらゆる場所へ音を録りに出かけていく。「すごく素敵な場所に行って、すごく素敵な光景を見たら、みんな写真を撮るじゃないですか。その感覚と同じです。知らない音や音楽を記録したいと思っているんです」と森永は言うが、ただのコレクターとは違う。「蒐集だけにとどまらず、蒐集したものをどうアウトプットするかというところまで考えるから、僕はやっぱり作る人なんだなと感じますね」

音を録るために、観光客が決して行かないような奥地まで踏み入ることもある。危険な目に遭ったことはないのだろうか。そう聞くと、森永は「いっぱいありますよ」と苦笑しつつ、エピソードを一つ語ってくれた。

「マレーシアの北とタイの南の国境は、川で隔てられているんです。僕がいたのはマレーシアで、イスラム圏なので豚が食べられないんですね。ところが長期間滞在しているうちに、豚肉を食べたいという話になりました。『川を渡ればいいんだよ』と一緒にいたタイ人の友だちが言うので、筏みたいな船で川を渡ったら、鉄砲を持った監視人が対岸で待っていたんです」

その時は森永も命を覚悟したという。ところが……。「少しお金を渡して、『マレーシアに長期滞在しているんだけど、豚肉が食べたくて』と言ったら、『1時間くらいで帰れよ』と、あっさり許可してくれました。実は、その辺りに住んでいる人たちも川を行き来しているらしく、国境線なんて生活している人たちにとってあまり関係ないんだなと知りました」
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ジャンルを横断する舞台「マージナル・ゴング」

アジアで感じた人との繋がりや、国境に対する認識のゆるやかさ。そうした体験を基にして、新しい作品「マージナル・ゴング」の企画が生まれた。

ガムラン音楽や祭祀、儀礼。東南アジアに生きる人々にとって、ゴングは生活に根付いたものであり、ゴングにまつわる説話も各地に残されている。「調べるうちに、場所によって微妙に物語が違ったり、音楽のパターンが異なったりすることが分かり、興味が湧きました」と森永は言う。

ゴングは昔から交易にも用いられてきたという。島から島へ、海を越えてゴングが運ばれることで、音楽や説話も広がっていったのだ。「ゴングをモチーフにすることで、海に隔てられた島と島とのつながりが見えてくるかもしれないというひらめきがありました。国境線とは違う境目で人々のつながりを考えたときに、ゴングはすごく面白いモチーフだなと思ったんです」
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境目を越える試みとレイヤー化

「マージナル・ゴング」は、森永が採集してきたゴングにまつわる説話を下地にした舞台芸術だ。サウンドと身体表現、最新のテクノロジーを用いて、「過去と現在」「民族と国籍」「肉体と魂」などあらゆる境界を越えようとする試みでもある。

伝承されてきた物語を下地にすることで「過去と現在」の境目を越え、ゴングというモチーフによって「民族と国境」の境目を越える。精霊に扮した4人のダンサーの肉体は、四肢の動きや舞台装置の効果によって「肉体と魂」の境目を越えた存在に見えるかもしれない。

もう一つ、マージナル・ゴングを読み解くキーワードに、「見えるものと見えないもの」がある。「僕がアジアで感じたのは、音と音がレイヤーになって響いているということ」という森永の言葉そのままに、マージナル・ゴングでも、音楽や生活音、動物の鳴き声などさまざまな音をレイヤー化したサウンドが会場を包む。

レイヤー化された音を聴覚が拾捨選択するとでも言おうか。同じサウンドでも、ある人が聴いている音と隣の人が聴いている音は全く異なるかもしれない。この音を聴かせたいという押しつけはせず、「環境音や人の声、遠くで鳴っている音楽など、お客さんはどんな音でも聞いていいと思っています」と森永は言う。
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「起こり得ない現象」をテクノロジーで実現する

音と同じく、森永がこだわったのが「イメージのレイヤー」だ。アジアで見てきた霊的な儀式や“見えないものが見えてしまう”スピリチュアルな体験を視覚化したい。それを実現するために、マージナル・ゴングでは最新のテクノロジーを使った舞台装置を用意した。本来見えないはずのものを可視化することで、「一つの時間を超え、空間を超えていく」と森永は表現する。

「マージナル・ゴングを見終わったあと、お客さんは、『面白かった』という感覚にはならないかもしれません。むしろ、惚ける感じになってもらえればいい」と森永は言うが、きっと惚けるだけでは済まないだろう。数日後、数週間後、あるいは数カ月後に、作品のもつ熱のようなものがボディーブローのようにジワジワ効いてくるのではないだろうか。惚ける、を通り越したあとどんな景色に行き着くか。マージナル・ゴングを体験した人たちに、片っ端から尋ねてみたい。
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森永泰弘×コーヒー

森永は、アジアの音を採集する旅のなかでさまざまなコーヒーを飲んできたという。「ベトナムで飲んだヨーグルトコーヒーは、赤ちゃんが食べるドロッとしたヨーグルトがコーヒーに入っているイメージです。僕はハノイで飲みましたが、こんなに旨いものあるのかと思いました」。カンボジアで飲んだラオススペシャルと呼ばれるコーヒーには、ココナッツが大量に沈んでいたという。「マージナル・ゴングのために訪れたボルネオ島のポンティアナックでボルネオコーヒーを飲んだり、有名なジャコウネコのフンからコーヒー豆を採取するコピ・ルアクも飲んだことがあります」。森永のフィールドレコーディングは、ユニークなコーヒー文化に触れる旅でもあるようだ。

『MARGINAL GONGS』

会場:スパイラルホール(東京・青山)
日時:2016年11月2日(水)19:00開場 19:30開演
   2016年11月3日(木・祝)15:00開場 15:30開演/19:00開場 19:30開演
料金:¥4,500(前売)/¥5,000(当日)
出演:神田朱未(声優)/浅井信好(舞踏家)/グナワン・マルヤント(ジョグジャカルタ)/リズマン・プトゥラ(シンガポール)/ジュアン・アルミナンディ(西カリマンタン)
WEBサイト:http://gongs.the-concrete.org/
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TEXT東谷好依/PHOTO塩田亮吾

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