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ソムリエが作るコルクアート

木枠の中に積み重ねられたコルクから、ほのかにワインの残り香が漂う。そのまま少しずつ後退してみると、どこかで見たことのある「顔」が見えてきた。

グレース・ケリーやレオナルド・ダ・ヴィンチ、ココ・シャネル、藤田嗣治……。コルクに染みこんだワインの濃淡だけで描かれた肖像画は、輪郭が柔らかく、キャンドルに火を灯した時のような温かい印象を受ける。

作者の久保友則は、恵比寿にあるフランスワイン専門店「La Vinée(ラ・ヴィネ)」のソムリエだ。ソムリエとコルクアート。近いようで遠いこの2つが繋がったのは、あるワイン会がきっかけだった。
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「お客さまを驚かせたい」が起点に

久保は、2014年にナポレオンをテーマにしたワイン会を企画した。フランスにはナポレオンに由来するワインが多くある。ナポレオンとはどういう人物で、どんな時代を生きたかという歴史を知れば、よりワインに興味を持ってもらえると思ったのだ。

会を盛り上げるため、アイディアを深めていたときにひらめいたのが、コルクアートだった。「コルクでナポレオンを作って見せたら、きっとお客さまに驚いてもらえる」。そう考え、会の半年前から準備を始めた。

とはいえ、コルクアートを作るのは初めての経験。そこで、久保はまず知り合いのデザイナーに相談をした。点描でナポレオンだと分かる絵を描くにはどのくらいのサイズが必要か、濃淡は何段階設ければいいか。仕上がりのイメージを伝え、下絵のデザインを丸い粒で描いてもらったのだ。その下絵に沿ってコルクを積み上げて行き、第1作目のコルクアートが完成した。

ナポレオンの好評を受け、久保はその後も作品を作り続けてきた。続けるうちに、コルクアート特有の経年変化の面白さにも気がついたという。

「ナポレオンは、肌には淡いコルク、髪の毛は色の濃いコルクを使いました。作ってから2年が経ちますが、コルクは天然の素材なので、髪の色がだんだん褪せてきたんですね。ナポレオンは失脚して島流しになって、最後は禿げていくんです。まるで歴史の流れが絵の中で起こっているようで面白いですよね」
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2年で数万個のコルクが手元に集まった

コルクアートを作る時はまず、コルクの濃淡の度合いをみて、11色に選り分けるところからスタートする。自分で作った色見本と見比べながら、「やや赤みがかっているから4番」「ワインが濃く染みているから10番」というふうに、一つ一つ仕分けていくのだ。

作品を1つ作るには、全部で2400個(40列×60段)のコルクを使う。たとえ毎日1本ワインを飲んだとしても、1年間で集められるコルクの数は365個。大量のコルクを、久保はどのように集めているのだろうか。

「コルクアートを始めてから、ワイン好きの皆さんから次々コルクをいただくんです(笑)。今では自宅でコルクを溜めて、お店に持って来てくれるお客さまもいます。そこにあるのは、レストランから宅配便で送られてきたものですね」と、久保が指差す方を見ると、テープで閉じられた段ボール箱が積み重なっていた。

「これまでに作品を11枚作りましたが、僕のアトリエにはまだたくさんのコルクが余っています。皆さんがどれだけワインを飲んで、僕にくれたかということを、コルクの量が物語っていますよね」
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作品に施したひと工夫

デザイナーが描いた下絵は、「レシピみたいなもの」だと久保は言う。コルクの色は1つ1つ異なるため、デジタルの絵と比べると、微妙な色合いの差が生まれるのだ。同じレシピで作っても、使うコルクによって絵のムードはガラリと変わる。

「たとえば女性を描くときに、頬のあたりにピンク色を入れれば明るい雰囲気になりますし、紫色を入れれば物憂げな雰囲気になります。メイクと一緒ですね。女性は印象が明るくなるように目のまわりにきれいなコルクを使おうとか、ダ・ヴィンチみたいに何百年も前の人は瞳に古いコルクを使おうというふうに、毎回工夫しています」

そうした工夫のなかでも、サルバドール・ダリを描いた作品はとりわけ高い評価を得ている。ダリの特徴的なヒゲを表現するのに、久保はシェリー酒などを注ぐときに使う細長いひしゃく状の道具「ベネンシア」を使ったのだ。

「ダリを描こうと決めたときから、ヒゲには壊れて使えなくなってしまったベネンシアを使おうと考えていました。ただ見て楽しんでもらうだけではなく、コルクアートを通してリサイクルとか、本来捨ててしまうものを有効に利用するとか、形を変えれば別の輝きを持つこともあるということを伝えたいんです」
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ワインを通して世界の文化を伝える

久保がソムリエを目指したのは、20歳の時だった。1995年にソムリエの田崎真也氏が世界最優秀ソムリエコンクールで優勝したことがきっかけだったという。「世界の人をワインでおもてなしする仕事があるというのも、その時初めて知りました」

今でこそ、プロを養成するワインスクールは各地にあるが、当時はまだ珍しかった。「世界一のソムリエに教われば間違いない」と思い、久保はすぐに田崎氏の主催する学校に通ったという。当時、ワインはヨーロッパからの輸入が主流。勉強を進めるなかで、ヨーロッパの生活や食にも興味を持つようになっていった。

ソムリエとは、「世界を知り、それを伝える仕事」と久保は表現する。「ブドウの味や香りの特徴を知ることは、実はたいしたことではありません。その国の人たちが日々食べているものや、生活の価値観が積み重なって、土地特有のワインが生まれます。そうして背景を探っていくと、食にも文化にもどんどん興味が沸いてくるでしょう?」
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人と人が食でつながる場づくり

現在、久保が勤めるラ・ヴィネでは、輸入するワインをソムリエ自ら探しに行くユニークなスタイルをとっている。生産者を訪ね、どんなワインを作っているか直に聞き、その土地のものを食べ、自身の目で選んだワインを販売する。ソムリエとしての知識とセンスが試されるこのスタイルに、久保はやり甲斐を感じているそうだ。

久保は今後、ワインの知識とコルクアートを総動員して、「人と人を食でつなげる場を作っていきたい」と話す。「レストランにコルクアートを飾って、皆でワインを楽しみたいですね。そうすれば、みなさんがワインを飲んだからこの絵ができたんですよ、と伝えることもできます。たとえば、1年間レストランで飲まれたコルクだけを集めて、その店のオーナーの顔を作るのもいいかもしれません」

久保が作る次の「顔」を、私たちは楽しみに待っていよう。
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久保友則×コーヒー

コーヒー豆が育つ条件を満たす、「北緯25度、南緯25度」に囲まれたエリアをコーヒーベルトと呼ぶ。人間がコーヒーを飲むようになったのは、らくだなどを遊牧しているような地帯で、動物がコーヒーの実を食べ興奮したのを見て、眠気覚ましになると用いられたのが起源といわれている。また、赤道直下の国々の国旗には、星と月が描かれていることが多い。酷暑の昼に労働することは死を意味するため、夕方〜夜の時間帯が生活の中心となるからだ。
これらを、久保は同時期に読んでいた2冊の本から知ったという。「眠気覚ましの話と国旗の話が頭の中で結びついて、眠気をはらい、夜が過ごしやすくなるからコーヒーが根付いたんだろうという推測が生まれました」。昼間はなるべく体力を温存し、日が落ちて気温が下がったところから食事や生活が始まる。「そういうスタイルが続き、やがて洗練されて文化が形成されていくんでしょうね。コーヒーもワインと同じで、ストーリーやバックグラウンドを知ることでより味わい深くなりそうです」

TEXT東谷好依/PHOTO西田優太

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