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傘を片手に、はしゃぐように

「やっぱり、裸足がいいかな」
言うなり、谷よう子は靴をポイと脱ぎ捨てて踊り始めた。満員の客席を前に、強いスポットライトを浴びて……ではない。小雨の降る、隅田川沿いでの出来事である。

水上バスから興味深そうに見ていた人びとは、まさか「シルク・ドゥ・ソレイユ」で活躍したダンサーが踊っているとは思いもしなかっただろう。

足が汚れるのも構わず、谷は、はしゃぐように踊った。衣装も装置もない、けれども、なんとも贅沢な5分間のステージだった。
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9歳ではじめたバレエ

谷が初めてバレエを習いたいと思ったのは、9歳の時だった。しかし、既にピアノを習っていたこともあり、両親はダメの一点張りだったという。それでも諦めきれず、半年間粘り続けた。「毎週、レッスンを見学しに行きました。しまいにはスタジオの横で踊っていましたね」

そんな熱意に両親も根負けし、許可が出たのは、小3の冬だった。人より遅いスタートだったが、うまくなりたい一心で練習に励み、谷は実力を伸ばしていった。「小学生のとき、先生に留学を勧められました。高1のときには名門ロイヤルバレエスクールに合格したんですよ。でも父に、留学なんてとんでもないと反対されてしまいました」

「自立したダンサーとして生きていきたい」。そう考えていた高校生の時に、谷はローザンヌコンクールに出場することになる。コンクール経験がなかったのに世界の大舞台で競うことになったのだ。入賞は逃したが、コンクールに出場したことで留学への想いがさらに強くなった。

カナダ留学からドイツの劇場へ

高校卒業後にカナダの国立バレエ学校に留学。しかし就職するにあたり、ビザの問題でつまずいた。日本に帰る決心がつかないままヨーロッパ旅行に出かけたところ、「ここだ!」と直感したという。

「同世代の子たちが、朝から晩まで踊って、トウシューズも支給されて、ダンスが職業として成り立っているんですよ。ヨーロッパの州立や市立の劇場で働くと国家公務員扱いになり、外国人でもビザをとれる。それを知って、あちこちの劇場でオーディションを受けました」

合格したのはドイツの劇場。しかしいざ入ってみると、タップやモダンなどあらゆる種類のダンスが求められた。色々な役をこなすために、「バレエだけ」しか出来ないダンサーはあまり必要とされなかったのだ。自分のダンサーとしての価値は何か。悩んでいたときに、劇場の仲間から聞いたのが、シルク・ドゥ・ソレイユの話だった。

「当時は存在を全く知りませんでした。でも、『サーカスとダンスが融合した総合芸術のようなステージだけど、あそこになら出てみたい』と仲間が言うのを聞いて、オーディションを受けてみようかなと思ったんです」
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シルク・ドゥ・ソレイユのオーディション

1次はビデオ審査。それに通過すると、2日間にわたるダンスオーディションが待ち受けていた。

「参加者が200人ほどいたんですが、だんだん減っていくんです。200人が100人になって、50人になって、20人になって……。最終審査が終わったときには、4人しか残っていませんでした」

みごと合格を果たしたものの、すぐに舞台に上がれたわけではなかったという。「そのときは、登録ダンサーの審査に合格しただけだったんですね。ダンサーだけでも、1年で100カ所以上のオーディションを行って、400人以上の登録ダンサーが控えている。公演に出ないかと声がかかったのは2年後でした。なかには5年待ったという人もいましたよ」

新しい作品のダンサーとして起用されたが、興業はシビアだった。チケットが売れなければ公演は即終了。うまくいったらツアーに乗せるというやり方で、出演者にとってリスクが大きかったのだ。しかし、谷は新作『デレリアム』に懸けることに決めた。

「新作のビジョンを説明されたときに、『これをやるために私は色んな経験をしてきたんだ!』って、全部ピンときた。私のためにあるような物語だ!と思えたんです」

日本人初のソリストに!

北米やアフリカ、中国など、国際色豊かな18人のダンサーとともに、谷はリハーサルを重ねた。

「衣装がてるてる坊主みたいな変なデザインで、重いし体の線も見えないし、こんなの失敗じゃない?と思っていました。でも、クルクルまわって裾をはためかせるなど工夫をしているうちに、私の動きが振り付けに採用されるようになっていったんです」

そうした個性やアイディアが認められて、谷は異例ながらソリストに抜擢されることになったのだ。「『皆、よう子みたいにやって』と言われる機会が増えていって、そのうちに『好きに踊っていいよ』と。個性がある自分だからこそ必要とされてると感じたのは、シルク・ドゥ・ソレイユが初めてでしたね」

谷に与えられた役には、決まった振り付けがなかった。舞台転換の合間に登場し、インプロ(即興)で物語と物語をつなぐ。その日の客席の雰囲気によって、ダンスは変化した。

「どういう役名がいい?と聞かれたときに、『La Yume』という名前が浮かびました。フランス語の定冠詞であるLaに、日本語のYumeをくっつけた造語ですね。物語のなかで、私は色々なダンスやパフォーマンスの間を旅しながら夢を運ぶ役柄だとイメージしていました」
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10カ月で何より辛かったのは…

シルク・ドゥ・ソレイユは強烈な個性をもつプロの集まりだ。ストレスを抱えることもあったのではないだろうか。そう聞くと谷は、「ポジション争いってあるでしょう。でも私はソリストに選ばれたことで、『しょうがないよね、谷よう子だから』という見方をされて、競争には加わらずにすみました」と笑う。

人間関係では「恵まれていた」というが、3日おきの移動による疲れや時差ボケは辛く、毎日同じ顔ぶれと過ごす退屈感もつのっていったという。しかし、何より辛かったのは、公演の終了が決まったときだった。

「仲間には、ファミリーのような感覚を持っていました。朝昼晩、飽きるほど一緒にいたのに、もう一生会えないかもしれない。公演の終了が決まってから1カ月間は、皆して泣きながらステージに立っていましたね」

シルク・ドゥ・ソレイユがくれたもの

谷のダンス人生の中で、シルク・ドゥ・ソレイユに関わったのはほんの一時だったが、周りの反応は違う。

「日本でも名前が認知されてきて、『すごいですね』と言われることが多くなりました。シルク・ドゥ・ソレイユのことを話すと、子どもも大人も『知ってる!』と笑顔になるんです」

シルク・ドゥ・ソレイユは谷にとって、「たくさんの人に興味を持ってもらえて、次のステージに繋げてくれる名刺」のようなものなのだ。「私は、将来人と関わって場を広げて行くために、1度シルクに入ることを選んだのかもしれません」
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奄美大島を「踊り」で盛り上げたい

デレリアムの公演が終わり、谷は再びダンサーとしての生き方を模索することになる。「スタジオを作って、ダンサーや、シルク・ドゥ・ソレイユを目指す人たちを育成したらどうか」と言う人もいたが、それは本望とは違う気がした。

モヤモヤを抱えたまま、2016年2月にドイツで行われたダンス公演に出演。ドイツでプロのダンサーたちと作品を創り、ツアーを回っているうちに、「魂が喜んでしまった」という。

「求めていたものはこれだ、って。プロのアーティストとして活動しつづけていくのと同時に、他の才能ある人たちと出会って、また新たな表現を創り上げたいというのが私の本望なんだと気づきました」

ドイツに行く前、谷は「地域おこし協力隊」に応募した。観光の企画や事務ができる人材の募集だったが、「私にしかできない方法で、地域の新しい価値をアピールできるかもしれない」と思ったからだ。

そして、16年6月から、谷は奄美大島の地域おこし協力隊の一員として働き始めた。目標に据えているのは、「2020年東京オリンピックの開会式で、自身が振り付けした奄美大島の踊りを島の人たちと一緒に踊る」ことだという。大胆な目標だが、目を輝かせて奄美のことを語る谷の表情を見ていると、実現するに違いないと思えてくる。

「東京では気力が萎えちゃって、踊る気がしない時期が続きましたが、奄美のためにはまた踊りたいと思えたんですね。島で年齢を重ねた人たちと一緒に、深みのあるダンスを踊りたい。おばあちゃんやおじいちゃんが、奄美の舞台でガンガン踊っていたらすごくないですか?」
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谷よう子×コーヒー

「コーヒーは毎日飲みます。朝から午後にかけて2〜3杯は飲むかな。でも、外で1人で飲むのは苦手なんですよね。自分の家で飲んで、ほっこりするっていうのが好きです」と谷は言う。今年(2016年)2月にドイツに行ったときには、直火式のエスプレッソメーカーを買ってきたそうだ。「でも、東京で住んでいた部屋はIHコンロだったから反応しなかったの。仕方がないから鍋にお湯を張って、それを沸騰させてコーヒーを作って、贅沢だなと思いながら飲んでいました」。コーヒーをただ飲むだけでなく、「コーヒーの袋を開けた瞬間のふわっていう香り」も好き。「豆が少なくなってくるとだんだん香りが薄れてきて、悲しくなってくるんです。袋の口に鼻を近づけて香りを嗅いで、心を落ち着かせる。そういうのが、私の祝福のときですね」

TEXT東谷好依/PHOTO田川基成

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