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庭はもっと自由でいい

2016年6月に京都のギャラリー「マロニエ」で、不思議な石の作品が展示された。カタツムリが周囲を這う石や、檻のなかに閉じ込められた石。モクレンの枝に炭ボールをびっしり貼り付けた作品からは、力強く昇天する龍のような勢いを感じた。

制作したのは、岐阜の造園会社「庭保(にわやす)」の庭師・馬場真哉だ。2年前から作品を作り始め、今回が2度目の個展となる。「昔から、石は空間を司ってきたことが多いんですよね。目印であったり、囲いであったり、道も石でできているでしょ。石が持っとる空間性を引き出せないかというのが今回の試みです」

馬場は、「アート」を志しているわけではない。あくまでも「庭づくり」の一環として創作を行っているのだという。その背景には、こんな思いがある。「今は、家の前にある空間を庭って言っとるわけでしょ。でも、もっと自由でいいんじゃないかなと思うんです。人が居て憩いを感じる場所なら、どんな形でも『庭』と呼んでいい」
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履歴書に書いた「特技は剪定」

実家が造園を生業としていた馬場にとって、小さい頃から「庭」はごく身近な遊び場だった。資材置き場には、砂や土、大小の石が積んであり、子どもの頃の馬場にとってはプラスチックのおもちゃより魅力的だったのだ。

小学校高学年になると父の仕事に付いて行き、作業を手伝うようになった。しかし、馬場は当時、庭師になろうとはみじんも考えていなかったという。苦労を重ねてきた父から、「お前はデスクに向かう仕事に就け」と言い聞かせられてきたからだ。

東京デザイナー学院の名古屋校を卒業した後、馬場は岐阜の建設会社に入社した。履歴書の特技欄に「剪定」と書いたのは馬場なりのユーモアで、その技術が仕事の役に立つとは考えていなかったという。しかし、馬場の「特技」を覚えていた社長に、あるとき現場で「あそこの木を切ってくれん?」と声をかけられた。そのことがきっかけで、本当に好きなのは庭づくりだと気が付いたのだ。

「木をバーンって切った時に、『あ、これや』と確信したんですね。それで、建設会社を辞めて、京都の造園会社に転職することにしたんです」
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三十三間堂の庭づくり〜家業を継ぐまで

京都の造園会社では、個人宅や介護施設、京町家のほか、三十三間堂や妙法院など寺社の庭を手がけることもあった。独立心が強く個性的な先輩たちに囲まれ、大いに刺激を受けたという。

京都で造園の基礎を学び、4年半勤めた後、「東京へ行くことも考えた」と馬場は話す。「京都は伝統を重んじて、受け継がれてきたものを守る文化なんですね。東京に行けば、別の視点を得られて幅が広がるんじゃないかと思っていました」

しかし、今後の進路をじっくり考えようと岐阜の家に帰った時に、考えが変わったという。新天地の東京で1からスタートするよりも、地域の魅力を掘り起こす方がやりがいがあるかもしれないと思ったのだ。そうして実家の「庭保」を継ぎ、庭師として仕事をするなかで、馬場は創作に向かっていくことになる。
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失った右手

馬場が創作を始めたのは、8年前に右手を失ったことも大きく関係している。作業で出た剪定ゴミを処分していたときに、破砕機に巻き込まれたのだ。「コンビニのアルバイトもできないんですよ。レジを打ったり、小銭を数えたり、次から次へと対応せなあかんでしょう」。相当な痛みや苦しみを味わったはずなのに、馬場は「結果的には良かったのかも」と屈託なく笑う。

「もともと器用貧乏みたいなところがあって、自分でできることは全部やりたくなっちゃう性格なんです。でも、右手が義手になったことによって、できないことが出てきました。自分ができることの中で、本当にやらなあかんことが見えてきたんですね」

ケガをした後、よく考えるようになったのが、「体と心の関係性」だ。「僕の片方の手は天国に行っとるわけでしょう。体の一部はあっち(天国)に行っとって、本体はこっち(現世)にある。でも、体の形が変わったからといって、好きなものや思考はちっとも変わらないんです。そう考えると、やっぱり心を鍛えることが大事だなと思いますね」
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木と石は生死の象徴

庭師の作品と聞くと、木や苔など緑を使ったものを想像してしまうが、馬場が作品に石を使うのはなぜだろうか。聞いてみると、「排除されるもので違う世界を作れないかと考えたことが原点」という答えが返ってきた。

「庭でぼうっと過ごしていたときに、木と石は死生観を表しているのかもしれないとふと思いました。たとえば、木は成長する体、水は血脈、石は固い骨という風に、人間の体に置き換えることができると考えたんです。生きて死んでいくという人の定めを、日本人は自然の中に感じ取って、庭で表現してきたのかもしれません」

しかし最近の庭では、木は好まれるけれども、石はどんどん排除されていく傾向にある。生き生きと暮らしたいという気持ちが、無意識のうちに成長しない石を排除し始めたというのが、馬場の持論だ。

「僕は石が好きだし、石の違う表情を作品で見せることができたら面白いと思ったんです」。こうしたユニークな視点から生まれたのが、前述したカタツムリの這う石や、檻に閉じ込められた石の作品だ。
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Art Award IN THE CUBE 2017

馬場の拠点である岐阜県では、2017年に新しい芸術祭(清流の国ぎふ芸術祭 – Art Award IN THE CUBE 2017)の開催が決まった。若い人たちに発表する場を拓くための公募展で、馬場もエントリーしたという。

エントリーにあたり企画したのは、「自分はどこからきたのか、原点はどこにあるのか」という、人の普遍的な問いを形にした作品だ。人にはみな原石のようなものがあり、生きて行くうちに感情や思考などさまざまなものが周りを覆っていく。そうした考えを石で表現した作品だという。

今回は700を超す応募があり、その中から最終的に選ばれるのはわずか15のみ。もしも審査を通過することができれば、今はまだ馬場の頭の中にしかない作品をこの目で見ることができるだろう。
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庭は心が息するところ

庭とは贅沢品で、持てる人だけの特別な空間である。そう考える人は多いだろう。しかし、馬場の言うように、庭をもっと自由に解釈すれば、都会の狭い部屋にだって「庭」を置くことができるかもしれない。

そう感じたのは、馬場の作品の1つを見せてもらったときだった。それは11個の白い石が等間隔に並んでいる作品で、「前に立ってみてください」と勧められるまま向き合ってみると、心に芯ができたような、気持ちがぴしっと揃ったような、不思議な感覚に陥った。

仕事で疲れて帰ったとき、自分だけの「小さな庭」の前に立ち深呼吸したいと、最近は思うのである。
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馬場真哉×コーヒー

名古屋や岐阜など東海地方では喫茶文化が根強く、「30分あれば喫茶店に行く」のがお決まりだ。馬場も子どもの頃から家や喫茶店でコーヒーを飲み続けてきた。馬場いわく、「作業を急いでいないときは10時に喫茶店に行く緩やかな文化も昔はあった」という。「そこで30〜40分コーヒーを飲んで休憩するんです。俺の親父なんて喫茶店が大好きなもんで、ダンプカーで細い道を入っていかなあかん家で作業をしていても、休憩しに出て行っていましたよ(笑)」

TEXT東谷好依/PHOTO塩田亮吾

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