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アメリカの出版社から逆輸入デビュー

「本は最後の一滴まで使わなきゃだめだ。一冊を作るのは大変な作業で、血のにじむ思いをするのだから、出版したら終わりではなく、ギュッと最後の一滴まで絞って愛をもって使ってあげるのが大事だよ」。リリース前、出版社の代表クレイグ・モドとそんなことを話していたと菅原敏は言う。

菅原は2011年末に『裸でベランダ/ウサギと女たち』をアメリカの出版社「PRE/POST」から出版し、詩人としてデビューした。刺繍で作品を制作する現代美術家の伊藤存が装丁・挿画を担当し、「刺繍×詩集」で作られた一冊として話題を呼び、J-WAVEの番組企画『PAGE by PAGE AWARD 2011』でも「今年最もキザな書籍」第1位を受賞。ユニークな賞が呼び水となり、BEAMSでの企画展開催など、出版業界以外でも次第に評判が広まっていった。
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声と詩

「デビュー作は、自分を色々なところに連れて行ってくれました。この本が切符となり、さまざまな業界の人たちと一緒に仕事ができました」。菅原は低く響く声でこう話す。けだるげで甘さも含んだ声は、一度聞いたらちょっと忘れられない。

この声もまた、菅原の活動の場を広げる一助となった。菅原の詩は静かな場所でひとりで読むのもいいが、菅原自身に読み聞かされることで、別の世界が立ち現れるのだ。

「最近は詩を朗読する仕事も多いので、韻律や、日本語で声に出して気持ちのいいリズムを意識して創作しています。声に出して読んでいるうちに、内容が変わっていくことも。言葉と声でひとつのパッケージになっているところがあるかもしれません」
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眠りのための朗読会やデパートの館内放送ジャック

「本を最後の一滴まで使う」を体現するように、詩集を携えて、これまでさまざまな場所で朗読を行ってきた。カフェや書店でのイベントはもちろん、テレビやラジオ、野外フェスやお寺、デパートなど意外な場所が会場になることもある。港区増上寺で開催された「眠りのための朗読会」は聞かせる朗読と真逆の“眠らせるための朗読会”。100人近い観客が108帖の間で川の字に眠る姿は圧巻だ。

新宿伊勢丹や三越デパートでは衣装を揃えたマネキンを従えて朗読会を開催、館内放送をジャックして詩を朗読し、買いもの客を驚かせた。「面白いのは、野菜や魚を買いにきたおばあちゃんとかが、館内放送で詩の朗読を聞いてイベントに来てくれたり。『食品売り場に買い物に来たのよ。そうしたら詩が聞こえてきて』と話しかけてくださる方もいましたね (笑)。普段とは全く違う層の人に聞いてもらえる新鮮さがありました」
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“詩と情報の間”を探る『詩人天気予報』

こうした自身の活動を、菅原は「詩のないところに詩を運ぶ」と表現する。14年にスタートした「詩人天気予報」もまた、これまで詩人たちが踏み入れなかった領域に詩を運んだプロジェクトだった。

(1)明日になれば捨てられて死んだ情報となってしまう天気予報に新たな価値を持たせ、救い出すこと 
(2)詩人として、紙の上から飛び出した、詩集以外の作品をつくること
(3)ビート詩人たちが行っていたカットアップを、現代のテクノロジーで実践すること

詩人天気予報を始めるにあたり、菅原はこれら3つのコンセプトを打ち立てた。限定された時間と場所において必要とされ、明日になれば捨てられてしまう天気予報。その儚い情報に価値を与えようとしたのだ。予報という未来のための情報が、過去になっても何かしらの意味を持つように。翌日の東京の天気を詩に織り込み、朗読する。その様子を収録しYouTubeで公開すると、SNSで拡散され、日増しにPV数が増えていった。

YouTubeで話題を集めた後、クラウドファンディングで目標額を上回る金額を集めてラジオ番組化。さらに気象予報士との対談イベントや、映画館での上映へと繋がっていった。「ひとつのプロジェクトがメディアをめぐる冒険に連れて行ってくれました」と菅原は振り返る。

※詩人天気予報
https://www.youtube.com/user/sugawarab/videos?view=0&sort=p&view_as=public&flow=grid

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コラボレーションの醍醐味は

「詩人天気予報」を経て、菅原の活動の場はさらに広がった。14年には、WEBサイト「cakes」での連載『新訳 世界恋愛詩集』がスタート。「古い詩の輪郭をいまの言葉でなぞっていく」ことをコンセプトに、菅原が古今東西の恋愛詩を超訳する。その詩にあわせて、現代美術家の久保田沙耶が200年前の詩集の上に挿画を施すという、詩人と美術家のコラボレーション企画だった。

「書いた言葉が絵になって戻ってくるというのは、ある種の翻訳みたいなものですよね。言葉で書ききれない行間の思いが可視化される。こちらが想像していなかった形で返ってくるとドキリとします」

翌年、Superflyの楽曲の作詞に携わった時もまた「言語以外の手段で翻訳されること」の面白さを感じたという。「書いた言葉が音や絵になって戻ってくる。そこには毎回新たな発見があります。人と一緒に何かをつくる醍醐味は、そこにありますよね」。

※新訳世界恋愛詩集
https://cakes.mu/series/3194
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言葉の旅はつづく

最近好きなものについて聞いてみると、菅原は鞄の中から、劇作家・柴幸男が主催する劇団「ままごと」の本とDVDを取り出して見せてくれた。「友人でもあり、劇団のプロデューサーでもある宮永琢生さんから頂きました。第54回 岸田国士戯曲賞を受賞した『わが星』の本とDVDは今のお気に入り。本当は生で見たかったですけど」

学生時代に芝居をしていたこともあり、“演じる”ことには興味があるという。「これまで行ってきた朗読会とは違う形で、 新しい見せ方ができたらいいなと考えています」という言葉からは、新たな試みの片鱗もうかがえた。

16年6月には、雑誌『BRUTUS』(マガジンハウス)で詩とエッセイの連載「詩人と暮らし」が始まった。Superflyとのコラボレーション以降、歌詞制作の依頼も増え、現在は2冊目となる詩集の準備を進めているという。菅原は、これからも新しい作品を切符に、次の駅へと向かって行くだろう。たどり着いた場所でまた誰かと出会い、言葉の旅は続いていく。
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菅原敏×コーヒー

菅原は2013年にスターバックスコーヒーからの依頼を受けて、『A Cup of Poem(一日一杯の詩)』という“コーヒーが香る詩”を1カ月間、毎日連載していた。 「コーヒーそのものについて書くのではなく、最後の香り付けとしてコーヒーを1滴垂らすようなイメージで書いていました」。普段から 喫茶店で仕事をすることが多いが、その時は意識的に色々な喫茶店に足を運んだそうだ。「お気に入りの喫茶店もあれば、 ぶらりと入ってみることも。準備期間も含めて2カ月くらいの間、世界で一番コーヒーを飲んでいた詩人だったのでは(笑)」。そのなかで、改めて本とコーヒーとの相性の良さを感じたという。「今も昔も本の隣りには、いつもコーヒーがあるのではないでしょうか」

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TEXT東谷好依/PHOTO西田優太

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