alt

映画市場が好調というけれど…

2015年は国内の映画市場が活況で、興行収入20億以上の大ヒット作が30本(洋画12本、邦画18本)もあったそうだ。ところがその内訳を見ると、映画ファンは眉間にしわを寄せてため息をついてしまうかもしれない。

15年12月5日付の日本経済新聞の記事によれば、洋画12本中11本がシリーズ物かディズニー作品。邦画は18本中15本がアニメ作品か漫画原作の実写化だったという。もちろん、アニメや実写化にも良い映画は多くあるが、そればかりでは味気ない。どの映画館へ行ってもシリーズものの続編かアニメか実写化か、という選択肢しかなければ、「家に帰ってDVDでも観ようかな……」という気持ちにならないだろうか。

一方で15年は、「市場の趨勢の真逆をいく、いわば灰の底で輝くダイヤモンド」のような作品も見られたと同記事では指摘している。その1つとして挙げられているのが、濱口竜介の監督作品『ハッピーアワー』だ。

異端でもなく、芸術でもない

濱口は『ハッピーアワー』で、平凡な道を歩んできた30代後半の女性が抱える生のもがきを描いた。そのような(ドラマに仕立てるには難しいと思われる)テーマ選びのほかに、この映画は次の2つの点で「市場の趨勢の真逆をいく」。

1つは、上映時間。なんと、5時間17分もあるのだ! 第1部〜第3部に分かれているものの、劇場では3部セットでかかることが多いから、観に行くのにちょっとした覚悟が必要だ。

2つ目は、スター俳優を起用していないこと。主演を務めた4人の女優は、濱口が神戸で開催したワークショップの参加者だ。第68回ロカルノ国際映画祭で、無名の4人がそろって最優秀女優賞を受賞したのは、15年の映画界におけるちょっとした「事件」だった。

こうした映画づくりについて濱口は、「異端をやろうと思っているわけではないんです。いわゆる芸術的な映画を撮りたいわけでもなく、ただ単に『面白い』映画をつくりたいと思っています」と話す。

「最初は2時間半くらいに収めるつもりでいました。けれども、約2年という長い時間をかけて制作を進めていくうちに、上映時間は最優先にできなくなりました。今作っているものを面白くできるかが最優先です。かけてくれる劇場があるかはその後にくる問題と考えました。この映画が提供できる最も『面白い』体験を追求した結果、自然と5時間17分という尺に落ち着いたんです」

hamaguchi2

映画への道を後押しした作品

子どもの頃から映画監督を志してきたのかと思いきや、濱口が映画を撮り始めたのは、東京大学の映画研究会に入ったことがきっかけだったという。初めはただ楽しくて撮っていたが、大学2年生の時にジョン・カサヴェテスの映画を観たことで、本格的に映画に関わりたいと考えるようになった。

「カサヴェテスの映画は派手なスペクタクルのあるものではありません。ただ、特別なセットを用意しなくても、会話だけでサスペンスやサプライズを生み出せるというお手本を見せてもらった気がします」

濱口の『親密さ』や『ハッピーアワー』は、まさに言葉の連なりで進んでいく映画だ。会話を追っているうちに、いつの間にか思わぬ方向へ展開していくスリルが、長尺でも飽きない理由の1つだろう。

「ピーター・フォークという俳優が、『カサヴェテスは、演出家としてすごいのはもちろんだけど、まず脚本家としてすごいんだ』と言っているんです。『彼の脚本には、まさかそれが書かれたセリフとは思えない、即興としか感じられないようなセリフがそのまま書き込まれている。我々は、それを言っているだけなんだ』と話していて、すごいことだなと思いました」

hamaguchi3

脚本ユニット「はたのこうぼう」

言葉でドラマを見せるには、言葉を書かなければ始まらない。『ハッピーアワー』を製作するに当たり、濱口は「はたのこうぼう」(濱口、高橋知由、野原位の頭文字)という脚本執筆のユニットを組んだ。なぜ、共同で書くことにしたのだろうか。

「創作というのは、主観的な行為ですよね。没入することによってしか得られないクオリティがあるのも事実です。ところが、没入するようにして書かれたものには、創作者個人の癒しや慰めみたいな部分がどうしても残ってしまう気がするんですよ」

書き手の人生において重要な問題も、それを物語に織り込んだときに、観客に面白いと感じてもらえるとは限らない。自己満足に陥っていないか、冗長になっていないかという判断が、自身ではなかなか下せないのだ。

「脚本を共同で書くことの良さは、客観的にフィードバックし合う関係性ができることです」と、ユニットを組むことの意義を説明した上で、濱口はこんな本音を洩らす。

「書く時は、誰しも全身全霊で作り上げていくわけですよね。物語でありながら、書いたものにはその人自身の人格表現も織り込まれているわけです。そうして仕上げたものが、別の人から傷つけられ、削られていく。その作業が楽しいか楽しくないかと聞かれると、楽しくはないでしょう(笑)」

hamaguchi5

現実はスクリーンの向こう側にあるのかもしれない

心血注いで作り上げた作品を第三者に壊され、使える部品だけ拾い上げて新しく組み上げる。共同執筆とは、なんと自虐的な作業なのだろう。そうした手段をとっても「面白い」映画を作りたかったと濱口は言う。では、濱口にとって「面白い」とは、具体的にどのようなものを指すのだろうか。

「カサヴェテスの『ハズバンズ』という映画を観たときに、どうもこれは今まで観てきた映画と違うな、と感じました。映画と人生の境目がないというか、もしかしたら俺の人生ができ損ないのフィクションで、映画の方がずっと現実の世界なんじゃないかと思ってしまったんですね。そんな風に、自分の考えや現状認識を破壊するのが、僕にとって面白い映画。それ以上に面白いことって、何かあるのかしら?と思います。本当に面白いと思うのは、現実とフィクションのゆらぎとか、そういうものに出合う時なんじゃないでしょうか」

ああそうか、と合点がいく。濱口の『不気味なものの肌に触れる』を観たときに体験したのが、まさに「現実とフィクションとのゆらぎ」だったのだ。作中の不穏な気配に絡めとられて、映画館を出た後、渋谷の街の明るさに戸惑った。そのあと多くの知り合いに、「すごい映画を見た!」と薦めてまわることになったのである。

『不気味なものの肌に触れる』は、小説でいえばプロローグがやっと終わったところ。こんなところに私信を書いて恐縮だが、そのうち続編を観たいとアピールしておこう。

hamaguchi4

濱口竜介×コーヒー

コーヒーを飲むのは集中する時ですね、と濱口は話す。「昔はコーヒーが好きになるとは全く思っていませんでしたが、今はコーヒーなくして仕事はできないというほど。作業するときは傍らにないと困ります」。その理由を濱口は、「タバコを吸わないからかも」と分析する。「リズムをとるために何かを口に運ぶということが大事なんじゃないですかね。机の上で作業をする時は特に」。コーヒーとタバコとリズム。これらの単語に刺激され、インタビューが終わったあと唐突に、ジム・ジャームッシュの『コーヒー&シガレッツ』が観たくなった。

『ハッピーアワー』上映予定

(京都)京都みなみ会館 7月23日(土)オールナイト
(千葉)キネマ旬報シアター 7月9日(土)~7月15日(金)
(山梨)テアトル石和 7月9日(土)~7月22日(金)
(ニューヨーク)MOMA 8月24日(水)~8月30日(火)

【ストーリー】
30代も後半を迎えた、あかり、桜子、芙美、純の4人は、なんでも話せる親友同士だと思っていた。純の秘密を知るまでは……。中学生の息子がいる桜子は、多忙な夫を支えながら家庭を守る平凡な暮らしにどこか寂しさを感じていた。編集者である夫をもつ芙美もまた、真に向き合うことのできないうわべだけ良好な夫婦関係に言い知れぬ不安を覚えていた。あかりはバツイチ独身の看護師。できの悪い後輩に手を焼きながら多忙な日々を過ごし、病院で知り合った男性からアプローチを受けるも今は恋愛をする気になれずにいる。

純の現状を思わぬかたちで知った彼女たちの動揺は、いつしか自身の人生をも大きく動かすきっかけとなっていく。つかの間の慰めに4人は有馬温泉へ旅行に出かけ楽しい時を過ごすが、純の秘めた決意を3人は知る由もなかった。やがてくる長い夜に彼女たちは問いかける。
—私は本当になりたかった私なの?

TEXT東谷好依/PHOTO塩田亮吾/INTERVIEW島袋寛之

BACK NUMBER

  • 手塚新理_01
  • 丸山ゴンザレス_02
  • 濱口竜介_03
  • 木村 肇_04
  • 岡部勝義_05
  • 比嘉一成_06
  • 菅原敏_07
  • 本村拓人_08
  • 馬場真哉_09
  • 谷よう子_10
  • 丸山裕太_11
  • 久保友則_12
  • 森永泰弘_13
  • 佐藤りえ_14
  • 滝沢達史_15
  • 生形由香_16
  • 鈴木恵美_17
  • kata kata_19