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動きのあるところに人は集まる

頭上高くから足元まで、ひらがなの「そ」の字が大量に吊り下がっている。人の移動に伴う小さな風に反応してヒラヒラ揺れる様子を見ていると、まるで天井から紙吹雪が舞い落ちてくるようだ。

東京ビッグサイトで開催された「Gift Show LIFE×DESIGN」内の企画のひとつである「SOZAI展(※)」。その会場デザインを手がけたSOL styleの伊東裕は、デザインの意図を次のように明かす。

「動きがあるところには人が集まりやすいんです。今回は“そ”の文字がアイキャッチになればいいと思い、このようなデザインにしました。海外で展示会を行うときは、のれんを使用することもありますね。4メートルほどの幅の広いのれんが風にバーッと揺れると、人目を引くんです。デザインをするときは、そんなふうに、見た人がちょっと気になるような仕組みを取り入れるようにしています」

※「日本には製品化しなくても、“素材(マテリアル)”そのもので、世界に発信できる魅力ある商品が数多くある」という考えから開催された、『Gift Show LIFE×DESIGN』内の企画展。

Fun&Fanction

SOL styleは、伊東と剱持良美の2人が代表を務めるデザイン事務所だ。設立は2009年。伊東と剱持は同じデザイン学校出身だが、在学中は面識がなく、卒業後に共通の知人を介して知り合ったという。

「僕は、建築事務所で3年、インテリアの事務所で3年働いてから独立すると決めていました。剱持と知り合ったのはちょうど独立の準備をしていたとき。剱持と色々な話をしているうちに、僕の切り口とは違う方向からデザインを考えていることが分かり、面白いと思ったんです」と伊東は言う。

デザインの切り口が違うとはどういうことか。例えば同じ会場のデザインでも、伊東は「コストや効率、お客さまが何度も来たくなる“仕組みづくり”からデザインを考えるタイプ」だという。一方の剱持は「楽しそうなことが起きそうという感覚や、発見性のある切り口からデザインを考え始めることが多い」と話す。

方法論の異なる2人が組むことで、1人では気付かなかった部分を補填できるのがSOL styleの強みだ。SOL styleがキーワードに掲げる「Fun&Fanction」という言葉からも、2人の良い点をデザインに取り込もうという意志が感じられる。

仕掛けと不協和音

SOL styleでは現在、店舗設計や展示会場、プロダクトなど、幅広くデザインの仕事を手掛けている。2人にとって大切なのは、何をデザインするかよりもどうデザインするか。デザインの対象が大きな展示会場であれ、小さな店舗であれ、いつも心がけているのは「+1の仕掛けを作る」ことだ。たとえば展示会場なら、SNSで拡散されて皆が見に来るような仕掛けを施すし、店舗デザインならリピーター客が友人を連れて再訪したくなるような仕掛けを考える。

また、ほんの少しだけ違和感を取り入れることも意識しているという。「面白いものや発見の要素は入れるようにしています。きれいすぎると人の心に引っかかりにくいし、違和感がなさすぎると記憶に残らない。だから、ちょっと不協和音的な要素を入れるようにしているんです」と剱持は説明する。

アクリル素材への興味

展示会や店舗などさまざまなデザインを手掛ける一方で、伊東と剱持は商品化を見据えたプロトタイプも制作している。中には、実際に商品化されたものもある。

代表作は、アクリルの万華鏡と懐中電灯だ。万華鏡は、先端にさまざまなパターンの彫り込みが施されていて、のぞくと多面体の中にさまざまな景色が広がる。また、ボタン式の懐中電灯は、暗いところで灯すとやわらかい光が放射状に広がり、幻想的なムードを楽しむことができる。

これらの商品ができた背景とは? 2人に聞いてみると、意外な答えが返ってきた。

「僕らは、1つの素材に興味を持つと、しばらくその素材ばかり使いたがるクセがあるんですよ(笑)。以前、アクリル工場に製品の加工を依頼していて、打ち合わせのために工場に足しげく通っていた時期があったんです。ある時、工場の床にアクリルの端材が転がっているのに気がついた剱持が『これいいんじゃない?』と言い出したのが、アクリルに興味を持ったきっかけです」と伊東は言う。

アクリルの端材というのはつまり、アクリル製品を作っているメーカーの工場から出る産業廃棄物だ。伊東と剱持は、不要になったアクリルを使って何か新しいものを生み出せないか考えたのだという。

アクリルの端材には大量の気泡が入っており、普通の工場では加工が難しい。しかし、運良く特殊加工の可能な工場が見つかり、最初はアクリルの端材でキャンドルホルダーやスマホスタンドなどを作ったそうだ。その後、アクリルを使ってもっと面白いものが作れないか考えた結果、万華鏡や懐中電灯のアイデアにつながっていった。

吹きガラスの技法で和の面を作る

代表作である万華鏡や懐中電灯以外にも、2人はこれまで自発的にプロダクトを発表してきた。そんな彼らが新しく手掛けているのが、ガラス製の和面「透面(TO-MEN)」だ。和面は本来、表情を隠すためにかぶるものだが、TO-MENはかぶるとうっすら顔が透けて見えるのが特徴だという。

TO-MENを制作するきっかけになったのは、2014年に開催された富山デザインセンター主催のワークショップ。ガラスや鋳物など地元の工房と、招待されたデザイナーとがタッグを組み、3日間かけて新しいプロダクトを作るというワークショップで、SOL styleは3人のガラス作家と組んだ。

その中の1人である川辺雅樹氏と一緒にプロダクトを作る中で、伊東がふと思いつき「この技術を使うとガラスでお面を作れませんか?」と聞いたのだという。「ガラスでお面を作ると、透明だったり不透明だったり、反対側にいる人の顔がゆがみで変わったり、面白いものができそうな気がして……」と説明したところ、川辺氏から「僕もガラスでお面を作りたいなと思って、ガラスの図鑑とか歴史書とかをけっこう買っているんですよ」と思わぬ返事が返ってきた。

「吹きガラスの技術でできることって、実はたくさんあるんです。川辺さんは、Aという技術を使ったガラスのお面、Bという技術を使ったガラスのお面……というふうに、お面を使って吹きガラスの見本帖を作ると面白いのではないかと考えて、お面について調べていたそうです」と伊東は話す。すぐに一緒に作ろうと話がまとまり、TO-MENの制作がスタートした。

「吹きガラスは、熱いし体力も使うし、大変な作業なんです。けれどもその時は、私たちも含めてストイックなメンバーが集まったので、1日中ずっとガラスの話をし続けるみたいな状態でした(笑)」と剱持。「こういうチームは納得できるものができるまで妥協しない。試作を繰り返せば繰り返すほどいいものになっていくだろうという予感がありました」

TO-MENのプロモーション映像

TO-MENのプロジェクトは現在、新しいフェーズに入っているという。

どうすればTO-MENの面白さを表現できるか? 伊東と剱持が話し合いを重ねていたときに、映像ディレクターの友人がプロジェクトに参加してくれることになり、風向きが大きく変わった。

「私たちは最初、TO-MENを使って何か面白い写真を撮れたらいいという考えしか持っていませんでした」と剱持。ところが、「TO-MENの面白さを表現するには、背景のストーリーまでデザインして見せた方がいい」という友人のひと言により、プロモーション映像を撮る方向へとプロジェクトが展開していったのだ。

「映像作品を作ることが決まってから、メイクさんやモデルさんなど協力者がどんどん増えました。メイクさんが、顔じゅうに色を塗るというかなり奇抜なメイクを施してくれたんですが、これがTO-MENにぴったり!この時も、何かを始めたら没頭するタイプの人ばかり集まったので、スタジオを貸し切って、朝7時から終電までエンドレスで撮り続けました」と剱持は笑う。

SOL styleがホテルをデザインしたら?

日本国内のみならず、最近ではヨーロッパや東南アジア各国を飛び回る忙しい日々が続いている2人。その合間を縫って、自発的にプロダクトを発表する理由について、伊東は「デザインが好きだから」ときっぱり言う。

この先、挑戦したいことを尋ねると「ホテルのデザイン」という答えが返ってきた。「ホテルというのは、ラウンジや客室などの空間、その空間を彩る家具などが総合的に集まっている場所ですよね。僕たちのデザインを総合的に落とし込めるホテルを作りたいなと思って……そういうお話をお待ちしています(笑)」

SOL styleのデザインするホテルはきっと、シンプルに見えてどこか奇妙。そして一度訪れたら何度でもリピートしたくなる、+1の演出を感じられる空間に違いない。そこで繰り広げられるドラマを、見てみたい。

SOL style×コーヒー

「3年ほど前に、友人を訪ねてスイスに行きました。スイス人の旦那さんがコーヒーをとても愛している方で、滞在していた1週間のあいだ、毎日色々な方法でコーヒーを淹れてくれたんです」と剱持は言う。伊東の証言によると、その人は「コーヒーについて書いたA4のノートが毎月1冊ずつ溜まっていくくらい」コーヒーが好きな人なのだそう。趣味を突き詰めた結果、コーヒー関連のコンテストの審査員として呼ばれるまでになり、今ではコーヒー関係の仕事をしているそうだ。「豆を浅く挽くのは香りを殺さないようにして果実味を出すため」など、さまざまな知識を彼に教えてもらったことで、2人ともよりコーヒーが好きになったという。

「コーヒーを挽いてくれるお店で『どのくらい焙煎しますか?』と聞かれたときに『美味しければいい』と答えるのは的外れなのだと気づきました」と伊東は言う。「デザインの打ち合わせでも、『かっこ良ければいい』と言われることがありますが、かっこ良さの基準は人それぞれ違うから難しい。そういう点で、コーヒーとデザインはちょっと似ていると感じます」

TEXT東谷好依/PHOTO田川基成

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