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博物館での「運命の出合い」

人はどのようにして、一生涯打ち込める仕事に出合うのだろう。

生形由香が陶芸を始めたのは、22歳のときだった。昔から手でものを作ることが好きで、油絵教室にも通っていたが「何かを生み出す仕事は特別な才能を持つ人がやること」と感じていたという。そのため、高校卒業後に、美術系の大学に進学することは考えなかった。

ところが、短大を卒業する間際になって「やっぱり、ものづくりの方面に進みたいと気づいた」と生形は言う。「自分にできることはなんだろう、とずっとモヤモヤした気持ちを抱えていました。そのモヤモヤと向き合うために、しばらくアジアの国を旅することにしたんです。旅先で色々なものを見たり文化に触れたりしているうちに、日本のことをもっと知りたいと思うようになりました」

帰国後、美術館などを回って日本のものづくりを調べていたなかで、生形はある「運命の出合い」を果たす。「国立博物館でたまたま楽茶碗(※1)を見る機会があったんです。その茶碗がとても格好よくて、こんなものを作ってみたいと思いました。それが陶芸をやりたいと思った最初のきっかけですね。でもそのときは、仕事にできるとは考えていませんでした。とにかく作ってみたいという思いが強かったです」

※1 ろくろを使わずに手とヘラで作る「楽焼(らくやき)」の技法を用いて作られた焼き物の総称。焼成温度が低く、陶器の中でも軟らかいのが特徴。
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陶芸の魅力は最後まで自分の手で作れること

数あるものづくりの中で、生形が陶芸を選んだ理由はもう一つある。それは、自分の手で最後まで形を作れるということだ。「土練りから細工まで、全ての工程を自分の手の内で行えるのは魅力的でしたね。そして、最後は火に任せるのも面白いと思いました」

陶芸を学ぶために入学したのは、愛知県瀬戸市の愛知県立窯業高等技術専門校だった。学校では、土の練り方やろくろの引き方など陶芸の基本を教わったが、なかでも釉薬の面白さにとりこになったという。

釉薬とは、植物の灰や珪石などの土石類を砕いて水で溶いた液体のこと。素焼きをした陶器の表面に釉薬を塗り、高温で焼くと、釉薬が溶けてガラス質に変化するのだ。「灰や珪石などで作った釉薬に銅や鉄などの金属成分を足すと、火の中で青や茶色に変化します。分量や火加減によって流れ方や変化の具合が微妙に変わるのが面白くて、ひたすらテストを繰り返していました(笑)」

益子の窯元で仕事をはじめる

陶芸学校を卒業したあと、生形は専門学校の卒業生が経営していた栃木県益子市の窯元に就職した。窯元での仕事は、職人のために粘土を練って用意したり、職人の引いたものをろくろから下げたりするなど、下働きがメインだ。その窯元では、仕事が終わったあとで、自分の作品を作る機会も得られたという。

「仕事が終わったあとにろくろを自由に使わせてもらえました。今ろくろを引けるのは、窯元の職人さんにみっちり教えてもらったからですね。本当にありがたかったです」

窯元で仕事をはじめた頃は、「とにかく陶芸を続けたいという思いが強かった」と生形は言う。その頃の目標は焼き物にずっと携わっていくことであり、自分の作風はまだ意識していなかった。
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「作家になりたい」という思い

やがて窯元での仕事に慣れてきた頃、生形は陶芸家の鈴木稔氏の工房でアルバイトを始めた。知り合いから「手伝ってくれる人を探している」と聞き、ぜひやりたいと手を挙げたのだ。窯元の仕事と並行していたため、肉体的にはハードだったが、「作家のもとで働いてみたい」という気持ちが勝った。

その後、3年弱務めた窯元を辞め、生形は本格的に鈴木氏に師事することになる。陶器を作るといっても、窯元と作家では仕事の仕方が違う。「鈴木さんの工房では作家の姿勢を学びました」と話す通り、技術以外の面でも学ぶことが多かったようだ。ゆくゆくは作家として自立したいという気持ちも芽生え始めていた。

「仕事後に工房を使わせていただき、釉薬のテストや自分の作品作りをしていました。益子では年に2回陶器市が開かれます。その期間は仕事をお休みさせてもらい、自分で作った作品を販売していました。そうして経験を重ねるうちに、自分1人で仕事ができるか考えるようになっていきました」

当時の作品は、今振り返れば「お客様に売ってよかったのかと思うほどのレベル」だったという。「作りたいもののイメージはあっても、技術が伴っていませんでした。それでも気に入って手に取ってもらえた経験は、『作っていいんだ』という自信と喜びにつながりました」

陶芸作家としての独り立ち

窯元で3年弱務めた後、生形は作家として独立した。とはいえ、独立したての作家には、窯を買ったり工房を構えたりする経済的な余裕がないことが大半だ。そのため、個人のオーナーが貸してくれる共同窯を使うことが多いという。生形も、同じ時期に独立した友だち数人と共同の窯を使っていたそうだ。

3年ほど共同窯で作品を作り、いよいよ自分の工房を構えることになったのは2011年。新しい窯を買うには100万〜200万円ほどかかる。設備を整えるのが大変だったのではないかと聞くと「でも、窯さえあればいいんです。粘土と手と窯さえあれば!」と力強い答えが返ってきた。
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好きな工程、苦手な工程

1つの器を完成させるまでには、土練りから本焼きまで複数の工程を経る。なかでも生形が好きなのは、成形した生地に、手で模様を彫っていく作業だという。

「文化が混ざり合っているような雰囲気が好きなので、東南アジアや中近東の模様、更紗(さらさ※1)などをよく参考にします。工房の周りに生えている木や植物をスケッチすることもありますし、ウサギなどもよく見かけるので、モチーフとして彫りたくなりますね」

飽きずに楽しめる工程がある一方で、苦手な作業もあるという。「素焼きの生地に釉薬をつけたり流しかけたりする施釉は、単調なので全然ワクワクしないんです。寒いし、冷たいし(笑)。でもそこで手を抜くと台無しになってしまうので、慎重に、と自分に言い聞かせながらなんとか乗り切ります」

こうした工程を重ねて、いよいよ本焼きを行うが、最終的な完成度は窯から出さないとわからないのが陶芸の難しいところだ。生形も「毎回のように失敗する」という。「割れることもありますし、釉薬がもうちょっと溶けてくれればよかったのにと思うことも多いですね。もう少しこうしていれば……と思うことばかりですが、たぶん一生そう思い続けるのだろうという気がします」

暮らしに長く寄り添う器を

陶器は吸水性があるため、少しずつ水分を吸い込んでいくのが特徴だ。「ずっと使っているとしっとりしていくんですね。使ううちに変化して、使い手の生活に馴染んでいくものを作りたいと思っています」と生形は言う。

そんなふうに、日常のシーンで長く使ってもらえる器を作るのが、生形の目指す創作のかたちだ。だから展示会などで「いつも使っています」と言われることは、この上ない喜びの瞬間だという。「以前、何年も前に買った器を『これすごく気に入っていて』と持って来てくださったお客様がいました。使い込まれた感じも嬉しかったですね」と、思い出を反芻するようにやわらかな表情で語ってくれた。

窯元に就職した頃に感じていた「焼き物に携わり続けたい」という思いの火種は、未だに消えない。それどころか、ますます大きく燃えさかるのを感じている。「最近やっと、ろくろを道具として扱うことができるようになりました。でも、まだ作品の出来に満足することは少ないです。とにかく続けていくことですね。ずっと、作り続けていきたいです」
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生形由香×コーヒー

「仕事中に行き詰まりを感じたときは、コーヒーを淹れます。ハンドドリップをして、自分の器で飲むんです」と生形。コーヒーが好きなゆえに、コーヒーカップやマグカップを作るときも「つい大きく作ってしまう」という。「カップ類やポットは、自分のイメージする飲み物を具体的に思い浮かべながら作ることが多いですね。マグカップなどは、コーヒーをいっぱい飲むために作っています。持ちやすくて、たっぷり飲めることがマストです」
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生形由香×PASSIONE コーヒーカップ販売のお知らせ

挽きたて・淹れたてのコーヒーがある生活をより楽しく過ごしていただきたい。そんな思いから、生形さんにPASSIONE専用の「コーヒーカップ」と「香入れ」を制作していただきました。ふっくら丸みを帯びた形と、赤ちゃんの肌のようなしっとり優しい手ざわりが特長です。

今回、生形さんには「たっぷり飲みたい」気持ちをグッと押さえていただき、PASSIONEのコーヒーやエスプレッソがきっちり1杯入るサイズで制作をお願いしました。コーヒーカップと同じデザインの香入れは、豆を挽いた後に出るコーヒーかすを入れて消臭剤として使っていただいたり、アロマを垂らしたりしてお使いいただくことができます。

こだわりのコーヒーアイテムで、みなさんのコーヒーライフがより味わい深いものになりますように!

コーヒーカップ&ソーサー/4600円
エスプレッソカップ&ソーサー/3800円
香入れ/4000円

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TEXT東谷好依/PHOTO西田優太

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