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きっかけになった1冊の本

造本の歴史のなかで、豆本(ミニチュアブック)というジャンルが出現したのは16世紀頃。当初は聖書を簡単に持ち運ぶためという実用的な理由で作られた。その後、印刷技術の発達により、装丁の凝ったものや極小サイズの「マイクロブック」などが現れ、愛好家が増えていったという。

「子どもの頃から小さいものを作るのが好きだった」という佐藤りえにとっても、豆本は気になる存在だった。しかし、豆本専門店で売られている、革表紙でかっちりと作られた本は、自分が作りたい本の形とは違うと感じていた。2002年にセツ・モードセミナーを卒業し、絵を描いたり歌人・俳人として活動したりしていた頃に見つけたのが、『自分で作る小さな本』(田中淑恵/文化出版局)だった。

「本の形は自由でいい」という発見

「本は革で作らなきゃいけない、かっちりしていないといけないと考えていました。でも、『自分で作る小さな本』に載っている本は、発想がすごく自由だったんです。勾玉を飾りに使ったり、アクセサリーのパーツをバラして使ったり……目からウロコでした」

造本の面白さに触れ、技法書を見ながら「独学で、一気に作り始めた」という。初めて作ったのは、自身と友人たちの俳句を春夏秋冬の順に並べた本。俳句の内容に合わせて絵を描き、プリントアウトして4×5cmほどの1冊にまとめた。しかし、情熱に技術がともなわず、3部作って成功したのは1部だけだったという。

「本文紙を守るため、表紙は本文より天・地・小口とも1ミリほど大きく作ります。その差分をチリというのですが、初めて作った時はチリが出ませんでした。ちゃんと寸法を測って作ったのになぜ?と、当時は不思議に思いましたね」

技法書に書いてある通りに作っても、紙の厚さによって寸法は変わる。そのため、工程を終えるごとに寸法を測る必要がある。「最初は気持ちが逸ってしまって」測る手間を惜しんだのが失敗の原因だったというのは、今でこそ分かることだ。「でも、失敗したのが続けられた理由かもしれません。1度くじけて、しばらく置いて、またムクッとやってみようかなと思ったりして」と佐藤は笑う。
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こだわりは、小さくても読める本を作ること

造本を始めて今年で13年目。造本に憧れるきっかけとなった「自由な本」も、今では自分で構想して作るようになった。これまでの作品を見せてもらうと、そこには、驚くほど緻密でユーモアあふれる世界が広がっていた。

指先に乗るくらい小さな『蝶の本』には、蝶にまつわる詩や俳句、自身の短歌を納めている。開いたらパリッと割れてしまいそうな繊細な外見だが、開いてみると案外丈夫だ。
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夏目漱石の『夢十夜』は、1話ずつ扉の紙を変えて綴じ込んだ。表紙にはネパールの手漉き紙である「ロクタ紙」を使用している。「和紙っぽいですが、ネパール原産の植物を原料にしています。風合いが『夢十夜』に合うなと思いました」
※外側・内側の写真をWORKSに掲載しています。

長さの違う紙を何種類か重ねた「オーナメントブック」も見せてもらった。本の端にひもが2本ついており、結ぶと星形ができあがる。「細かいスリットの内側には、昔の星図を刷った紙が綴じてあります。虫かごの中に星が入っているというコンセプトで、『星飼い』というタイトルを付けました」と佐藤が説明してくれた。

造本は、作り手によって味わいや個性が出るのが面白いところだ。佐藤がこだわっているのは、「実際に読める本を作る」ことだという。「まず目で楽しんでもらって、そのあと中を読んで楽しんでもらえるように考えて作っています。中身と釣り合った本を作るように心がけています」
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一番難しい工程は…

綴じ方によってさまざまな作業が発生するが、総じて難しいのは紙を切る作業だという。「紙の1mmのズレはすごく大きいんです。だから、紙を切るときは集中力が必要です」と佐藤。小さい本を作るときは、大きい紙に面付けをして1枚1枚正確に切らなければならない。「きちんと作るには時間をかけるほかありません。紙を切る作業も貼り合わせの作業もスピッとできて、とても美しく、狂いもなくできたときには、やっぱり人知れず1人で喜んでいますね」
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しかし実は、紙を切るよりも時間をかける作業がある。それは、どんな本を作るか構想する時間だ。たとえば、作家であり詩人である早坂類からオーダーされた本は、構想から完成まで半年くらいかかったという。「デザインはお任せしますと仰っていただきましたが、ご本人が希望されないものを作るわけにもいかない。なので、サンプルをお見せしながら少しずつ作っていきました」

現在、WEBサイト「RANGAI」で連載している「造本の旅人」では、好きな文学作品を綴じるという試みを行っている。最新作は、岡田幸生の句集『無伴奏』だ。「以前から、何も貼らない本というのを作ってみたいと思っていました。タイトルから連想して、表紙はボール紙むき出し、本文にも漫画雑誌に近い粗い紙を使っています。箱もむき出しの貼り箱にしました」と佐藤は語る。

素材を選び、本の内容を咀嚼して、形を定めていく。こうした試行錯誤を経て、世界でたった一つの「とっておき」ができあがるのだ。
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誰も見たことがないものを作りたい

佐藤のモチベーションの基になっているのは、「まだ見たことのないものを作りたい」という欲望だ。たとえば、作品の一つである透明なタロットカードは「透明なタロットカードはこの世にないだろうと思って」作ったという。透明なので、当然占うことはできない。カードを収めるマッチ箱には「Useless Tarotcard」と書いてあり、洒落がきいている。

趣味の骨董屋めぐりで、古道具や着物からインスピレーションを得ることもある。「骨董屋には思わぬ民具などがあって、構造が面白いと見入ってしまいます。ある骨董屋で『脱腸押さえ』というものを見たことがありますが、脱腸を押さえるための金属のパッチで、吊革みたいなもので固定して使ったと説明されました。20世紀初頭、ヨーロッパのものとかで……真偽は不明です(笑)。そんなふうに、目に入るものすべてが素材に見えて、これを使ったらこんな形の本ができるんじゃないかと、そればかり考えています」

造本とは、書かれた言葉や物語の魅力を増幅させる作業だ。もし、自分の好きな物語を佐藤の前に差し出したら、どんな形に仕上げてくれるだろうか。自分だけの「とっておきの1冊」が手に入ることを考えると、わくわくして仕方がない。
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佐藤りえ×コーヒー

「国内旅行が趣味」という佐藤。訪れた町でたいてい訪れるのは、スーパーと喫茶店だという。その理由は、「もし自分がその町で生まれて育っていたら、どんな人生だったかな」と空想するのが好きだから。「最近では、弘前城のお堀が見える喫茶店で飲んだコーヒーがおいしかったです。その時も、弘前に生まれたらどんな人生だったかなと、ぼんやり考えていました」。最近ではその2つに、「資材探し」が加わるという。「日本には紙を作る文化の残る町が多いんです。時間があれば工房まで行きますし、伝統物産館のようなところに行って和紙を触ったりなでたり買ったりすることもあります。いまでは旅行の半分くらいが資材探しの旅みたいになってしまって、同行者は迷惑していると思います(笑)」。気に入った紙を抱えて喫茶店に入り、コーヒーを飲みながら「紙漉きの家に生まれていたら……」なんて空想をする佐藤の姿が目に浮かぶ。

企画展「絵・本・展vol3 -本の世界へようこそ!-」

原画と絵本、豆本やオブジェ、ポップアップブックが大集合!
毎年恒例、大人も子どもも楽しめる、「本」の魅力を伝える展覧会の第3弾!!
会場:横浜 FEI ART MUSEUM YOKOHAMA
期間:12月10日(土)〜12月23日(金)
時間:10:00〜19:00(最終日は〜17:00)※月曜休廊
http://www.f-e-i.jp/coming/musium/

TEXT東谷好依/PHOTO田川基成

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